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父を送る

父 正夫は多くの方に見送られていきました。
ともに悲しみ、悼んでくださった皆様、ありがとうございました。

喪主挨拶
この度は、ご多用にも関わらず、父正夫の葬儀にご参列くださり、ありがとうございます。
遺族ならびに親族を代表して、長男の潤がご挨拶を申し上げます。

父は、1937年、昭和12年11月21日に、当時の満州で生まれました。そのまた父が満鉄で働いていたためです。
引き揚げ後に父は父を早くに亡くし、母が子ども二人と苦労したようです。
そのためか中国に思い入れがあり、退職してから毎年のように語学留学をして、中国語で冗談を交わすほどになり、日中友好にも心を砕いてました。
中国語だけでなく、新しいことを学ぶ気持ちがいつもあり、遊びに行く度にいろいろな分野の本が増えていました。
携帯をスマホに替えてからは、使い方を研究し、写真やメッセージを送ってきていました。
仕事を引退してからピアノも始め、着実に上達して発表会にも出演していました。

現役の頃は仕事一筋で、あまり子育てや教育には関わりませんでした。
単身赴任の時期も長く、妹も私も自分達が子どもの頃は構ってもらえなかった思いの方が強いくらいでしたが、6人の孫達とはよく遊び、孫達もおじいちゃんが大好きでした。

妻を亡くして独り暮らしになっても、たくさんの方に親しくお付き合いしていただき、遠くからも安心していました。
最期も好きな中国語の集まりの時だったと聞きました。
一緒にいらっしゃった方々には大変でしたが、父にとっては幸せだったと思います。感謝いたしております。

「足が痛むようになった」「右目が見えにくい」などと言いながらも、12月には大連へ旅行し、正月は岡山へも出掛けて、まだまだ元気に過ごしてくれるものとばかり思っていました。
本人もそのつもりだったのでしょう。
手帳には、夏に大連へ行く計画が書いてありました。
それが突然のことでした。
家族一同、まだ受け止めきれていません。
父とはたくさん話したいことがあり、孫達に伝えて欲しいこともありました。
それが断ち切られました。本当に早すぎました。

遺族、親族一同、正夫のことを思い出しながら、過ごして参ります。
引き続き、遺された者にもご厚情賜りますよう、お願い申し上げまして、ご挨拶とお礼といたします。
本日は、ありがとうございました。
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